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2012年1月14日 (土)

「炎のストッパー」津田恒実投手を偲ぶ

「炎のストッパー」と呼ばれた、故・津田恒実氏の野球殿堂入りが発表されました。
このニュースを知った時は感激すると共に、一気に遠い昔まで記憶が戻されました・・・。

津田投手と言えば、奇しくも今回同じく野球殿堂入りとなった北別府投手と共に、広島カープを代表する投手でした。
津田投手がストッパーとしてバリバリ活躍していた頃、私は今と180度違ってそれはそれは熱烈なジャイアンツ・ファン(!)でしたが、津田投手がマウンドに登ると「ああ、もうダメだ・・・」と完全に諦めてしまったものです。その絶望感と言ったものは、今現在も含め、どのストッパーにもないものでした。無力感と言っても良いかも知れません。それくらい、津田投手の投球には迫力がありました。
相手チームながら認めざるを得ないその存在感。(余談ですが、当時のカープの投手は「敵ながらあっぱれ」と思う投手が多かったな〜。大野豊、川口和久・・・)

津田投手のストレートは速いことはもちろんですが、球速よりも「唸りをあげる」というような、いや、「グワーンとホップしていく」ようなボールに最大の特徴がありました。それはまるで初速よりも終速の方が速いのでは!と思うくらいで、他の誰とも違うストレートでした。そのストレートをフルスイングし、ファウルした原辰徳は左手首を骨折・・・・あのシーンは忘れることが出来ません。
そんなボールとは対照的に、気持ちが優しくシャイで誰からも愛されたといいます。座右の銘は「弱気は最大の敵」。その言葉は津田投手の心の裏返しでしたでしょう。

そんな存在だった津田投手が表舞台から去り、そして沈黙の時が過ぎ・・・・「死去」と唐突に発表された時の衝撃は今でもまざまざと思い出す事が出来ます。それはあまりにも突然でした。(脳腫瘍でした。しかし対外的には水頭症と発表されていたので余計に予想外でした)
後に津田投手の本も買い、テレビで特集が組まれた時も必ず観ましたが、そこにはうかがう事の出来なかった辛い闘病生活の様子が刻まれていました。それでも一度は劇的に回復し、ランニングやキャッチボールまで出来るようになったといいます。入院していた病室からは広島市民球場のカクテル光線が見えたそうです。それを見つめる津田投手の心中を思うと・・・・。

間違いなく「記憶に残る投手」でした。
広島東洋カープ・津田恒実投手、享年32歳。余りにも、余りにも短い生涯でした。
今一度、津田投手のご冥福を祈ると共に。
あんな素晴らしい、凄い投球を見せてくれた投手がいたことに心から感謝します。

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コメント

津田氏の野球殿堂入りは、氏の全盛期に野球ファンだった者のひとりとして、感激しました。氏がプロ野球選手のキャリアをスタートされた頃、ちょうど私も野球ファンとしてスタートした頃で、高橋ヨシヒコ氏の大ファンでしたから、当然津田氏のプレーもリアルタイムで何度も見ました。あの驚異的な速球ゆえに、血行障害に泣き、カープのエースとして将来を嘱望されながらストッパーとして再起したんですよね。
今回野球殿堂入りが決まり、何か津田氏は目立つ数字やタイトルを残したのか?と思いましたが…
文字通り、記録より記憶に残る選手でした。
篠田選手は、ドラフトで指名されるまで背番号14の大先輩のことを知らなかったそうですが(今やそういう年代なんですね)、自分の番号の言われを聞いていたく感激し、津田氏の言葉「弱気は最大の敵」を自分の座右の銘にしていると、聞いたことがあります。
今回同時に野球殿堂入りとなった北別府氏も、投手はマウンドでどうあるべきかという部分でお手本のような投手でした。現在は現場を離れてらっしゃいますが、どのチームでもいいのでぜひ復帰して、北別府氏はじめ、カープ黄金期の伝統を受け継ぐ投手を作り出してほしいです。

投稿: てんとう虫 | 2012年1月14日 (土) 01時53分

>てんとう虫さん
コメントありがとうございます。

津田投手の殿堂入り、本当に感激しました。もちろん北別府氏も!(余談ですが北別府さんのブログを良く見に行くのですが、あれほどの大投手なのに飾らない人柄に改めて惚れてます)
今思うとあの頃のカープは魅力的でしたよね〜。今がそうじゃないとは言いませんが、山本浩二、衣笠を始め慶彦に正田、山崎、達川、大野、川口、江夏・・良い意味でクセ者揃い。
その中での津田投手の存在感は凄かったなあ〜。仰るようにあの豪速球ゆえの血行障害に泣きましたが、それでもストッパーとして絶対の存在感を誇りました。
もう今や津田投手の投球を知らない選手も多く、それは仕方のないことなんですけど「こういう選手がいたんだよ」という事は球団の歴史、伝統として若鯉達には伝えて行って欲しいです。
ほんとうに記憶に残る投手でした。

投稿: BJ | 2012年1月14日 (土) 21時42分

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